宮古島出身のポイントガード、狩俣昌也が長崎ヴェルカのキャプテンとしてB1の舞台に帰ってきた。
長崎ヴェルカは、通販大手のジャパネットホールディングスが母体となり2020年に創設。新規参入の2021-22シーズンにいきなりB3を制覇。続く2022-23シーズンは、B2プレーオフセミファイナルでアルティ―リ千葉との死闘を制し、チーム創設から最短でB1昇格を果たした。
さらにB1挑戦となる2023-24シーズンは、日本代表の主力である馬場雄大も加入。10月7、8日の開幕節は、昨季B1準優勝の強豪 千葉ジェッツとホームで対戦して開幕2連勝を飾り、Bリーグ全体に大きなインパクトを与えた。
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チーム創設時から在籍してB1への最短昇格に導いたプロ13年目のベテラン狩俣昌也は、今季もキャプテンとしてチームの核を担う。
キャリアを通じて自らに課した挑戦を達成させてきた狩俣は、35歳になった今こそ選手として最高の状態にあると言っていいだろう。
大事な開幕戦を翌日に控えた10月6日、狩俣はOUTNUMBERの取材に応じてくれた。長崎をB1昇格に導いた奮闘と、県外で戦うからこその沖縄への思い、そして今季からの新たな挑戦について語った。
【#4 狩俣昌也(長崎ヴェルカ)プロフィール】1988年4月28日生まれ。興南→国際武道大学bj 2011-12 千葉ジェッツのサテライト、エクスドリームス(トライアウトからプロ1年目)
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2年前に決意した「長崎を最速でB1へ」
—— 最速でのB1昇格おめでとうございます。長崎ヴェルカ創設メンバーとして加入した頃の思いを教えて下さい
当時は葛藤もありました。僕はプロ選手になった時から「日本一になりたい」という気持ちを強く持っています。それはトップカテゴリーであるB1でないと叶えられないものですし、B3のチームに移籍することは「日本一」という自分が信じて戦ってきた目標を、ある意味否定する葛藤もありました。
でも長崎ヴェルカというチームを、B3からB2そしてB1へと最速で昇格させることが出来れば、それは多くの人が達成したことがないものです。そこへトライする価値はすごく感じましたし、最速昇格を達成出来れば自分自身のプレーヤーとして価値も上がると考えました。
——過去2年間、B1昇格に向けてキャプテンとしてチームを作り上げてきました
細かい部分では大変だった点もありますが、良い環境と良いメンバーに恵まれて、すごく充実した2シーズンを過ごせました。
僕だけではなくて、他にもベテラン選手もいますし、外国籍選手もそうです。全員で作ってきたことに対して全員が誇りを持っていい、胸を張れることだと思います。
過去にヴェルカに関わった選手たちがいるからこそ今のヴェルカがあるし、全員でB1昇格を達成したと思っています。
色々な環境が変わり、周囲からの見られ方も変化するなかで、自分たちは常に正しいことをやってきた。(馬場選手のような)日本代表選手がヴェルカに入りたいと思ってくれたことは、そういう積み重ねがあったからだと思いますし、そういう部分では自分自身のやってきたことに誇りを持っていますし、良かったなと思っています。
——B1に昇格したことで長崎の街も盛り上がっているのでは?
最初に長崎に来た頃よりも長崎ヴェルカの認知度も大きくなってきましたし、街中歩いていても声をかけてもらえることもあります。この2年間ですごく変わったと思います。
僕自身、沖縄と長崎はとても似ていると感じています。人々の温かさもありますし、沖縄では「わったーチーム」みたいな精神が強いですが、長崎にもそういうものが少しずつ出来つつあるのかなと感じています。(試合を)ただ観るものから、長崎の皆さんが「自分たちのヴェルカ」として捉えて、生活の一部に変わろうとしている。
昨季プレーオフのときに変わっていく瞬間を感じられたんです。(クォーターファイナルで対戦した)熊本のブースターがものすごく熱くて、それに負けないくらい、ヴェルカのファンもすごく声を出すようになりました。それが(セミファイナルのアウェー会場である)千葉でも引き継がれていましたし、ファンの皆さんも一皮剥けたような感じがありました。