OUTNUMBER 4Qは6月15日発売開始 テーマは『平和』と『希望』
沖縄バスケットボール情報誌アウトナンバ-2019-20 4Qが6月15日(月)に発売開始となります。Bリーグのシーズンに合わせて10月、12月、3月、5月の年4回発行していますが、今季はコロナウイルス感染拡大によるリーグ戦終了などがあったため、4Qの発売を6月15日にしました。2020年はオリンピックイヤーということで、意気揚々とワクワクした気持ちで新年を迎えました。ところが1月26日にコービー・ブライアントの事故死というあまりにも悲しく衝撃的な出来事がありました。そして2月の中旬からは世界中でコロナウイルスが猛威を振るいはじめました。NBAはシーズンを中止し、Bリーグはシーズンを終了させ、オリンピックの来年に延期となりました。最近ではアメリカミネソタ州で、白人警察官により暴行を受けた黒人男性が死亡し、事件への抗議デモが激しさを増しています。世界中で混乱が起き、人々を不安や悲しみが包んでしまっているように思います。まさにこの世の禍が噴出したような2020年の上半期だったと感じています。
そして沖縄においては戦後75年という節目の6月を迎えています。コロナ禍の功名というべきか、緊急事態宣言による活動停止で、ほんの数か月のあいだに多くの人々の仕事に対する価値観や人生観が変わりました。私にとっても同様で、忙しさに黙殺されていた自分にとって本当に興味があることに目を向けることができたのです。それはこの島のバスケットボールであり、この島の文化であり、それらの歴史すべて。私のルーツであり、家族のルーツです。『ここまで』の歴史をゆっくりと見つめる時間ができたのは幸運でした。そして自分が何者であり、残りの人生で何をしたいのかは、より明確になりました。
島本和彦さんと行く、沖縄バスケットボールと歴史の旅
さてOUTNUMBER4Qの内容ですが、メインは島本和彦さんが2019年の7月と今年の3月に2度にわたり沖縄を訪れ、バスケットボールにまつわるスポットや南部戦跡などを巡った道中記となっています。2018年に本誌を立ち上げたことで、日本中のバスケットボール愛に溢れた人たちとの交流が生まれました。そのなかで2019年2月に知人の紹介により島本和彦さんにお会いする機会をいただきました。少年時代に愛読した月刊バスケットボールの初代編集長であり、テレビや雑誌でお馴染みのバスケットジャーナリズムの大御所ですので、私にとっては雲の上にいる神様のような存在です。そして業界経験もまったくなくアウトナンバーを創刊した私ですから、なんとしても島本さんの豊富な経験からいろんなことを学びたい、吸収したいと思いまして『バスケットボールジャーナリズムミーティング』というメディア関係者向けの勉強会を開催し、ゲスト講師として島本さんに登壇していただきました。
1946年NBAとともに誕生した島本さん 『月刊バレーボール』の爆発的大ヒットにより誕生した新事業『月刊バスケットボール』の創刊編集長に
1946年8月18日生まれの島本さん。高校3年の時に東京五輪が開催され、仕事でオリンピックにいけない大人たちから、たくさんの観戦チケットが廻ってきたといいます。当時の常識では、オリンピックのために会社を休むというのが通用しない時代でした。自国開催のオリンピックで、世界トップレベルのプレーを目の当たりにしたこと、その後の人生に大きな影響を及ぼしたようです。その後島本さんは玉川大学文学部に進学し、学内の出版部の仕事に携わるようになりました。卒業後には『月刊バレーボール』を発行する日本文化出版に入社。東京五輪から正式種目となったバレーボールでは、東洋の魔女といわれた女子は金メダル、男子は銅を獲得。続く1968年メキシコ大会では男女ともに銀メダル。1972年ミュンヘン大会では男子が金、女子が銀と男女ともに3大会連続でメダルにより、国民的人気スポーツとなっていました。『月刊バレーボール』の売り上げ部数も爆発的に伸び、それにより膨らんだ利益をもとに、新事業として『月刊バスケットボール』が1973年に立ち上がりました。実はバスケットボール界の重鎮である島本さんが学生時代から打ち込んできたスポーツはバレーボールでだったのです。それまでバレーボールの隣でやっている競技程度の知識しかなく、0からバスケットボール雑誌の立ち上げの責任者となり、ありとあらゆることにチャレンジしたそうです。当時日本では情報入手が困難だった海外のバスケットボール(NBA、NCAA)にも手をつけ、某シューズメーカーのプロモーションでラリー・バードやジャバ―をエスコート役にも抜擢されました。NBAについて詳しく知っている人物が、当時の日本には島本さんしかいなかったからという背景があるようです。
島本さんが生まれた1946年というのは、実はNBAが誕生した年でもあります。島本さんとNBAが同い年というのも運命的な縁。月刊バスケットボールの創刊、初期のNHKのNBA放送で解説を務め、バスケットボールジャーナリストとして多岐にわたり活躍していますが、島本さんの存在そのものがバスケットボールの歴史と言えるのではないでしょうか。
沖縄バスケットボール情報誌アウトナンバーOUTNUMBER2019-20 4Q 平和と希望
6月15日(月)発売開始。沖縄県内のコンビニ(ファミリーマート・ローソン)、書店、バスケットボールショップ等の販売店にてお買い求めいただけます。インターネットでの購入もできます。こちらからhttps://outnumber.thebase.in/
バスケットボール・沖縄の主な歴史
1861年 11月6日カナダ・オンタリオ州にてジェームス・ネイスミス生まれる
1879年 琉球藩廃止、沖縄県設置
1891年 アメリカのマサチューセッツ州でYMCA(キリスト教青年会)の体育講師をしていたネイスミスによりバスケットボールが考案され、12月21日に最初の試合が行われた
1894年 日清戦争勃発
1904年 セントルイスオリンピックで公開競技として行われる。日露戦争勃発
1908年頃 日本にバスケットボールが伝わる
1930年 日本バスケットボール協会(現JBA)創立
1932年 6月国際バスケットボール連盟FIBAが結成tされる
1936年 ベルリンオリンピックより正式種目(男子)に。日本代表初出場
1939年 11月28日 ジェームス・ネイスミス死去
1941年 12月真珠湾攻撃、日米開戦。日本バスケットボール協会を大日本籠球協会と改称、1942年解散
1944年 8.22対馬丸事件。十・十空襲
1945年 3月26日沖縄戦。6月23日沖縄戦における日本軍組織的戦闘終わる。8月15日無条件降伏。12月日本籠球協会設立
1946年 6月6日BAA誕生(1949年にNBA改称)。8月18日島本和彦さん生まれる
1951年 9月8日サンフランシスコ講和条約、日米安全保障条約締結
1952年 4月1日琉球政府発足、4月28日サンフランシスコ講和条約発効
1953年 10月10日沖縄県バスケットボール協会発足。12月22日安里幸男さん生まれる
1954年 人民党事件
1959年 6月30日宮森小ジェット機墜落事故。
1964年 東京オリンピック開催
1968年 メキシコオリンピック
1970年 12月20日コザ暴動
1972年 日本復帰、ミュンヘンオリンピック
1973年 若夏国体(復帰記念特別国体)沖縄教員が全国制覇。9月25日月刊バスケットボール創刊
1976年 モントリオールオリンピックより女子バスケットボールが正式種目になる
1978年 辺士名旋風、山形インターハイ3位
1980年 コザ中全国優勝
1987年 美東中全国優勝、海邦国体少年男子優勝
1991年 与勝中全国優勝、北谷高校静岡インターハイ3位
1994年 長嶺中全国優勝、北中城高校富山インターハイ準優勝
1998年 コザ中全国優勝
2004年 田臥勇太が日本人初NBAでプレー。北中城中全国優勝
2005年 11月5日bjリーグ誕生
2007年 bjリーグオールスターゲームを宜野湾で初開催、琉球ゴールデンキングス誕生
2009年 琉球ゴールデンキングスbjリーグ初優勝。北谷中(女子)全国優勝
2012年 琉球ゴールデンキングスbjリーグ優勝
2014年 琉球ゴールデンキングスbjリーグ優勝
2016年 琉球ゴールデンキングスbjリーグ最多4度目の優勝。Bリーグ誕生開幕戦を戦う。
2017年 FIBAバスケットボールワールドカップ2023沖縄市開催が決定
2018年 沖縄バスケットボール情報誌アウトナンバー創刊、渡邊雄太NBAデビュー
2019年 八村塁NBAドラフト1巡目指名を受ける。BJM開催。FIBAバスケットボールワールドカップ2019中国大会。八村塁NBAデビュー。