千葉ジェッツの選手獲得がNBAスター選手ブラッドリー・ビールのバイアウトに影響!? BリーグとNBAの”バタフライ・エフェクト”

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7月16日(水)、Bリーグ千葉ジェッツは昨季までNBA所属のナシール・リトル選手の獲得を発表した。リトルは25歳のSF/PFで、2019年ドラフト1巡目全体25位で指名された「現役バリバリのNBAプレーヤー」だ。

リトルのように若くNBAでも準主力級としてプレーした選手がBリーグに移籍する事は、数年前なら考えられなかった。千葉ジェッツのクラブとしての大きな成長、そしてBリーグが着実に「世界2位のプロリーグ」へ歩み続けている証明ともいえる。

しかし今回の千葉Jのリトル獲得は、単なるリーグ・クラブの成長だけが理由ではない。世界最高峰のプロリーグNBAの複雑なサラリーキャップにおける選手契約の熾烈な駆け引きが、海を超えて日本のBリーグまで影響を与えた”バタフライ・エフェクト”だ。

さらに千葉Jのリトル獲得は、NBAフェニックス・サンズのスター選手であるブラッドリー・ビールのバイアウト(早期契約解除)に関係しており、逆に海の向こうで”バタフライ・エフェクト”を起こした「かもしれない」。

千葉Jが何故リトルを獲得できたのか、そして何故千葉Jのリトル獲得がブラッドリー・ビールのバイアウトに関係するのか。詳しく見ていこう。

目次

千葉Jはフェニックス・サンズの「ウェイブ・アンド・ストレッチ」の影響でリトルを獲得

2024年8月、リトルは当時所属していたNBAフェニックス・サンズから解雇された。当時のサンズはケビン・デュラント、デビン・ブッカー、ブラッドリー・ビールの「ビッグ3」を擁し優勝を期待されていたが、高額年俸でサラリーが膨れ上がりそれを圧縮する必要に迫られていた。期待されていた能力を発揮できなかったリトルが、サンズのサラリー圧縮の対象となった。

しかしこの時のリトルの解雇の方法「ウェイブ・アンド・ストレッチ(waive-and-stretched)」により、現時点でもリトルは年間約310万ドルをサンズから受け取り、それに加えて2025-26シーズンは千葉ジェッツからも年俸を受け取ることになる。

複数年契約がほとんどのNBA選手契約のなか、リトルも当然複数年契約だった。2024年8月当時リトルに保障された残り契約内容は3年2180万ドル。契約社会のNBAでは、選手はたとえ解雇されても保障契約を受け取る権利がある。

さらに保障された契約は、たとえ選手を解雇してもサラリーキャップの中に残り続ける。選手は解雇済みでチームに所属していないのにサラリーキャップには計上される金額「デッドマネー(Dead money)」により、チームは選手獲得に使えるキャップ枠が減るだけではなく、サラリーキャップ超過に対する贅沢税「ラグジュアリータックス」も膨れ上がる。さらにサンズの当時のサラリー総額はNBA1位の2.19億ドル。サラリーキャップを大幅に超えるチームに課される罰則ライン「セカンドエプロン」も超過していた。サンズとしてはロスターに柔軟性を作り、タックス支払いを少しでも削減するためにも何とかリトルを放出する必要があったが、トレード交渉は難航した。

そこでサンズは、リトルの残り契約を長期の分割払いにして解雇することにした。3年2180万ドルの契約を「ウェイブ・アンド・ストレッチ」を適用して7年間の分割払いにすることで双方が合意した。これにより、サンズはリトルに対して2024-25シーズンから7年間、年間約310万ドルの「デッドマネー」を支払い続けることになった。サンズでプレーしていないにも関わらずだ!

リトルはサンズから「ウェイブ・アンド・ストレッチ」された後、2024-25シーズン開幕前にNBAマイアミ・ヒートと保障無しのベテラン最低保証契約で契約してロスター入りを目指したが、開幕ロスターには残れず下部組織のGリーグでプレー。そして今回の千葉Jとの契約につながった。

ブラッドリービールのバイアウト成立にリトルの「デッドマネー」が足かせに

千葉Jのリトル獲得から1か月ほど遡ってNBA2025年オフ、サンズは「ビッグ3」体制のチーム解体を決断した。2024-25をプレイオフ不出場という大きな期待外れに終わり、セカンドエプロンを超える膨大なサラリー総額を抱えたままでは未来は無いからだ。2025年6月、サンズはNBA史上初7チームを巻き込んだ大型トレードでケビン・デュラントを放出した。

次はブラッドリー・ビールの番だと誰もが思った。しかしブラッドリー・ビールはトレード拒否権を持ち、さらに彼の残り2年間で約1億1,000万ドルという超大型契約により、トレードを纏め上げるのは困難を極める。

サンズはビールのバイアウトを検討したが、1年前に解雇したリトルの「デッドマネー」が足かせになった。

NBAとNBA選手会で結ぶ労使協定CBA(Collective Bargaining Agreement)では、チームがバイアウトを乱発して解雇済み選手のデッドマネーでサラリーキャップが埋まるのを防ぐため、デッドマネーの総額がサラリーキャップの15%を超えてはいけないというルールがある。サンズはすでにリトルとE.J.リデルという選手のデッドマネー合計380万ドルが計上されていた。ビールの残り2年間で約1億1,000万ドルを最大限にストレッチした場合、ルール上は年間1,940万ドル(5年間)。それにリトルとリデルのデッドマネー380万を加えると、キャップの15.06%とわずかにルール超過となり、ビールのバイアウトを成立させることが出来なかった。

サンズがビールのバイアウトを成立させるためには、①ビールに自身の契約の一部を放棄してもらうか、②リトルとリデルのデッドマネーをどうにかして消し去るか、そのいずれかだった。

結果としてビールが自身の契約から約1,390万ドルを放棄することで、残りの契約(約9,700万ドル)を5年間でストレッチすることになった。これによってストレッチされたデッドマネーの総額がキャップ15%の制限内に収まり、2025年7月16日にサンズがビールのバイアウト成立を発表、同日にビールはNBAロサンゼルス・クリッパーズと2年総額1,100万ドルの契約に合意した。

ビールのバイアウト成立は前述した①により達成されたが、もし②により達成していたら、千葉ジェッツがバイアウト成立の重要なキープレーヤーになっていた可能性があったのだ。

千葉Jがリトルを12億円で獲得したらビールのバイアウトは成立していた

ここから先はあくまで仮定の話であり、「BリーグがNBAのスター移籍騒動を起こした」かもしれないという妄想をお楽しみ頂きたい。

繰り返しになるが、千葉Jが獲得したリトルは年間約310万ドルでサンズの「デッドマネー」に居座っていた。チームには居ないのにキャップの中だけに居座り続ける、この幽霊のような存在を消し去る方法がある。CBAで規定されている「Right of Set-Off(相殺権)」を活用する方法だ。

「Right of Set-Off(相殺権)」とは、デッドマネーに該当する選手が次に所属したプロバスケチームから得た報酬に応じて、そのデッドマネーを減額する権利だ。つまり今回の千葉Jとリトルの契約金と、サンズのキャップに居座るリトルのデッドマネーが「Right of Set-Off(相殺権)」の対象となる。

「Right of Set-Off(相殺権)」のデッドマネー減額計算方法には2つのステップがある

1. 新たなチームから得る報酬から、NBA経験年数に応じた最低年俸額(経験1年以上の場合は1年の最低年俸額)を差し引く
2. 1.の金額が0以下の場合はデッドマネー減額無し。プラスの場合はプラス金額の50%をデッドマネーから減額する

ここで興味深い点は、選手が新たに所属したプロチームはNBAに限定されない点だ。つまり千葉Jは「Right of Set-Off(相殺権)」の対象になることがCBAにもはっきり規定されているし、もし千葉Jとリトルの契約金が高額であれば、サンズのデッドマネーを消し去り、ブラッドリー・ビールのバイアウトがもっと早く成立していたかもしれなかった。

では、千葉Jとリトルの契約金がいくらであればサンズのデッドマネーを消し去ることが出来たのだろうか。実際に計算してみよう。

上記のデッドマネー減額計算方法に当てはめてみると、リトルが千葉Jから得る年間報酬が税引き前「8,062,265ドル」であれば、サンズの年間デッドマネー310万ドルは完全に消し去る計算になる。日本円にして「約12億円」だ。

もちろんこれは仮定の話だし、実際にはさらに細かい条件も絡むのでそんな単純な話ではない。

いかに人気・実力ともにBリーグトップクラスの千葉Jとはいえ、ひとりの外国籍選手に12億円を支払うのは現実的ではないし、何よりリトルはすでにサンズから年間310万ドルは確保している。リトルの実力と経歴からすれば、千葉Jにとっても悪くない条件で契約できた可能性が高いし、ビールのバイアウトへの影響は「焼け石に水」程度のものだろう。

しかし、NBAのスター選手の移籍騒動にBリーグの千葉ジェッツが関係していた事は確かだ。そして、ビールのバイアウト成立が7月16日に発表されて(日付の大きな理由は別にあるのだが)、千葉Jがリトル獲得を同日の7月16日に発表したことは、間違いなくビールのバイアウト成立発表と歩調を合わせている。

「世界2位のプロリーグ」になる、という事はこういう事だ。日本という小さい国内だけの競争ではなく、NBAを始めとした世界中のプロバスケットボールと繋がり、海の向こうで起こるいくつもの”バタフライ・エフェクト”がリーグの潮流を大きく変える。今回の千葉ジェッツのナシール・リトル獲得はそれを教えてくれた。

これこそがプロスポーツビジネスの醍醐味であり、世界中のスポーツファンが独自のスポーツビジネスの観点でそれを楽しんでいる。Bリーグを楽しんでいるファンの皆さん、この巨大でどこまでも深いプロスポーツビジネスというエンターテインメントをもっと楽しみたくなりましたか?

最後に、おすすめのYouTubeチャンネルをご紹介。今年5月にはすでにリトルのデッドマネーについて説明されていたという未来予測動画と、デッドマネーが消え去る仕組みを教えてくれる動画。この動画を見るだけであなたも「ウェイブ・アンド・ストレッチ条項」と「Right of Set-Off(相殺権)」について居酒屋でドヤ顔で語れるようになるし、Bプレミア時代も楽しめるようになること間違いなしだ。

(文:湧川 太陽)

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この記事を書いた人

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