現地8月5日、チャイニーズ・タイペイ代表のスター、台湾の林庭謙(Lin Ting-Chien、英語名Benson Lin)が、中国CBAの天津荣钢先行者俱乐部(Tianjin Rockcheck Pioneer basketball club)から、台湾TPBLの台北台新战神(Taipei Taishin Mars、台北台新マーズ)へ移籍を発表した。
驚くべきはその年俸だ。台湾ニュースサイト今日新聞(NOWnews)によると、台北台新マーズは林庭謙に5000万台湾ドル(約2.45億円)を超える年俸を用意した。別の報道では6000万台湾ドル(約2.93億円)とも報じられている。3億円近い年俸は、台湾プロバスケットボール史上最高額となる。台湾プロ野球のスターである富邦ガーディアンズの張育成が年俸2000万台湾ドルとされており、林庭謙はそれを上回る。現地報道では「日本Bリーグ、中国CBA、韓国KBLを上回り、アジア国内選手の最高年俸に達した」ともいわれている。

アジア最高額「年俸3億円」林庭謙が示す勢力図の変化
林庭謙は昨シーズン、中国CBAの天津荣钢先行者俱乐部で1試合平均35分以上出場して、チーム2位の19.2得点、2.7リバウンド、5.2アシストを記録して、All-CBAセカンドチーム選出という素晴らしい成績を残していた。
チャイニーズ・タイペイ代表には欠かせない主力選手でもあり、2026年7月のFIBAバスケワールドカップアジア予選Window3の韓国代表戦では、オーバータイムに持ち込むクラッチショットを決め、勝利に導く活躍を見せた。
If at first you don't succeed, just put up another one!
— FIBA Basketball World Cup 🏆 (@FIBAWC) July 3, 2026
Benson Lin sends Chinese Taipei to OVERTIME against Korea 🎯#FIBAWC x #StepItUp pic.twitter.com/l28HznvCPj
天津荣钢先行者俱乐部は彼を引き止めるために、CBAの国内選手向けカテゴリーD契約最高額の税引き前600万元(約2600万台湾ドル、約1.4億円)を提示したにも関わらず引き止めに失敗。林庭謙は天津でのキャリアに感謝を示しつつ「今後の自身のキャリアを考えて」台湾への復帰を決めたとコメントを発表した。
チャイニーズ・タイペイ代表のエースであり、26歳というキャリアの全盛期にある林庭謙の台湾バスケ界への復帰は、戦力面、そしてチームとリーグのマーケティング面でも大きなインパクトを与える。今までの台湾出身トッププレーヤーの多くは、リーグ規模の大きな中国CBAを主戦場としていた。林庭謙の台湾帰還は、東アジアのプロバスケリーグの勢力図に大きな変化が起きていることを示唆している。

大きな変革と勢力争いを繰り広げる台湾プロバスケ界
台湾のプロバスケットボール界は、近年大きな変革と勢力争いが立て続けに起こっている。
2026年現在、台湾の主要なプロバスケットボールリーグは2つ。Taiwan Professiona Basketbal League(TPBL)とP. LEAGUE+だ。EASLを通じて日本のバスケファンにも馴染み深いチームでは、新北國王(New Taipei Kings、ニュー・タイペイ・キングス)はTPBL所属、桃園璞園領航猿(Taoyuan Pauian Pilots 、桃園パウイアン・パイロッツ)や臺北富邦勇士(Taipei Fubon Braves、台北富邦ブレーブス)はP. LEAGUE+所属だ。
TPBLもP. LEAGUE+も2020年代に設立した新興リーグだ。2020年に設立されたP. LEAGUE+と以前存在したT1リーグ(2021-2024)は、ニュー・タイペイ・キングスが中心となりリーグを合併してTPBLを設立する話し合いを続けていた。しかし桃園パウイアン・パイロッツや台北富邦ブレーブスなどが合併を拒否。結局、2024年に新リーグTPBLの設立と、存続を決めたP. LEAGUE+が並立する形となり、2026年現在に至っている。
台湾プロバスケリーグは、サラリーキャップ制度を導入しておらず、選手年俸の規制が無い。そして各プロチーム経営には、台湾を代表する金融財閥や巨大企業グループ、大富豪オーナーたちが挙って参入している。
前述したニュー・タイペイ・キングスは、台湾の最大級コングロマリット「台湾プラスチックグループ(台塑集團)」創業者・王永慶氏の次男である王文祥(ウォルター・ワン)氏が実質的なオーナーだ。桃園パウイアン・パイロッツのオーナーは、台湾の不動産・建設・建築総合事業を手掛ける企業グループである璞園建築團隊(Pauian Arch Land Group)。台北富邦ブレーブスのオーナーは、総合金融ホールディングスの富邦金融控股(Fubon Financial Holding)。そして今回、林庭謙に5000万台湾ドルを提示した台北台新マーズのオーナーは、総合金融ホールディングスの台新金融控股股份有限公司(Taishin Financial Holding Co., Ltd.)だ。
今日新聞の李亦伸氏の記事によると、台湾プロバスケリーグで単独で利益を出しているチームは無いが、代表経験のない選手やベンチ要員にまで相場から乖離した高額な給与が支払われる現象が起きている。すでに複数のチームが解散に追い込まれているにもかかわらず、多くのチーム経営層(企業2世・3世など)が損益のバランスを無視して短期的な勝利や話題性のみを追求していると指摘する。

今日新聞の黄建林記者の記事では、TPBL 新竹御頂攻城獅(Hsinchu Toplus Lioneers、新竹御頂ライオニアーズ)張樹人GMは「プロスポーツの本質は資金力勝負であり、避けられない現実である」「全チームが赤字で苦しい経営状況ながらも、最強のチームを作る努力を続けるべき」と話す。同じくTPBL 桃園台啤永豐雲豹(Taoyuan Taiwan Beer Leopards、桃園台湾ビアレオパーズ)の顏行書COOは「自チームでの若手育成」が中小規模チームの生き残り策であると話す。
さらにTPBLの程柏仁副事務局長は、林庭謙のような全盛期にある国内出身スター選手の移籍は、リーグの競争力が向上していることを意味すると強調。複数リーグが存在する現在の台湾バスケ界において、国内選手に対するサラリーキャップ設定は今のところ考えておらず「各チームが優秀な選手を見つけるために投資し続けることを歓迎する」と話している。

否応なく「世界基準」を求められるBプレミア
激動しつつ成長する東アジアのプロバスケ市場。その中心には間違いなく日本のBリーグが存在している。筆者のもとにも、東アジア各国のメディア仲間から連絡があり、日々情報交換を続けている。「世界第2位のプロバスケリーグに成長する」と豪語するBリーグの新たな「Bプレミア」の船出を、各国リーグは注視している。
だが今回の林庭謙の3億円近い年俸額は、「Bプレミア」の成功が約束されたものではない事も示唆している。台湾プロリーグは指を咥えてBリーグの成長を眺めているわけではなく、東アジアバスケットボールの主導権を虎視眈々と狙っている。韓国、フィリピン、さらにオーストラリアNBLも同様だ。眠れる獅子の中国CBAも、再び東アジアバスケの覇権を握りにくるだろう。中東オイルマネーの影響力も無視できず、その裏には米国NBA、そして欧州ユーロリーグ、FIBAの綱引きまで透けて見えてくる。今やバスケットボールは、コートの上だけで戦うのではなく、ビジネス面でも世界競争の真っ只中にいる。

個人的にやはり気になるのは、Bプレミア時代になりサラリーキャップ制度が導入される事で、東アジアのプロバスケ市場において、Bリーグの存在感が今後どう変化するかだ。
海外のメディア仲間と情報交換をしていて、返答に窮するのは「Bリーグのトップ選手はいくらサラリーをもらっているんだ?」という質問だ。今回の林庭謙の移籍でも、年俸の高さはその選手のステータスであり、現地メディアでは大々的に報じられた。他国メディアでも、スター選手の年俸はポジティブな情報としてトップ記事で扱う。
他方、Bリーグはどうなのかは、ここまでこの記事を読んで頂いた皆さんがご存じのはずだ。選手年俸は公開されず、リーグ発表では「Bプレミア全体で」各年俸レンジごとに人数のみを発表するという、中途半端な情報公開しか予定されていない。この発表方式では、サラリーキャップが適切に運用されているかを推測することも、マーケティング面でリーグの成長をアピールすることもできない。何よりファンにはまったく情報が開示されないことになる。
おそらく今後は、Bリーグ所属の日本人トップ選手の年俸情報については、海外サイトから逆輸入されることになるだろう。事実、現時点でそうなっている。欧州バスケメディアBasketnews.comでは、渡邊雄太や河村勇輝、富永啓生という日本人スター選手がBリーグでどれほどの高年俸を受け取っているか、はっきりと金額付きで報じている。日本で年俸金額を公式発表したのは、2019年に千葉ジェッツが富樫勇樹と交わした「年俸1億円」。あれから7年、クラブが公式に選手年俸を発表したことは一度もないし、日本メディアが推定年俸で報じたこともない。
世界競争のなかでは、日本の「空気を読む、忖度する」文化は通用しない。Bリーグは自らが目指す成長の過程において、オンコートだけではなく、オフコートの全ての分野で「世界基準」を求められることになるだろう。
(文:湧川太陽)

