2019年から続く地域貢献活動 初の離島開催へ、沖縄全域へ広がる応援の輪
北谷町内の小学校で、滋賀レイクス育成ダイレクターの根間洋一氏と、京都ハンナリーズヘッドコーチの伊佐勉氏によるバスケットボールクリニックが開催された。
この活動は、2019年に根間氏がスタートさせたものだ。子どもたちへバスケットボールの魅力を伝えるとともに、地域の企業や大人たちが子どもたちを応援する環境づくりを目的として継続してきた。
2025年からは伊佐氏もこの活動に加わり、昨年に続いて今年も根間氏とともにクリニックを実施。子どもたちと一緒に汗を流しながら、バスケットボールの楽しさや挑戦することの大切さを伝えた。

活動は年々広がりを見せている。2023年には沖縄バスケットボール情報誌「OUTNUMBER」が主催した「沖縄バスケットボール100年祭」の一環として首里地区でもクリニックを開催した。今年は宜野座村、北谷町に続き、7月にはうるま市での開催を予定しているほか、初の離島開催となる石垣島でもクリニックを実施する予定だ。さらに宮古島での開催も視野に入れており、沖縄県内全域へ活動の輪を広げようとしている。
クリニック終了後のインタビューで、根間氏は笑顔を見せながらこう語った。「教えるというより、一緒にバスケットボールを楽しんでいる感覚です。子どもたちの笑顔を見ると、自分がバスケットボールを始めた頃の気持ちを思い出します」
また、活動への思いについては次のように続けた。「地域には子どもたちを応援してくれる大人がたくさんいます。その存在を子どもたちに知ってもらいたい。そして私たちだけでなく、若い世代の選手たちにも、このような活動が広がっていけばうれしいです。競技力の向上だけでなく、子どもたちが笑顔になれる場をつくり続けたい」

一方、伊佐ヘッドコーチは、北谷高校のエースだった根間氏についてこう振り返る。「高校生の中に一人だけ一般選手がいるような印象でした。体格も能力も際立っていて、本当に将来が楽しみな選手でした」
現在も年に数回会い、子どもたちの育成について何時間も語り合うという二人。伊佐氏は「本当に子どもたちのことを第一に考えている人です」と、根間氏への厚い信頼を口にした。
クリニックについては、「今の子どもたちはドリブルなどの個人技術はとても高いと感じます。一方で、スペーシングやディフェンスのポジションなど、チームとしてプレーするための基礎をしっかり伝えていくことが大切だと思っています」と指導者としての考えを語った。

また、京都での生活については、「歴史ある街並みや文化を身近に感じながら生活しています。京都ハンナリーズのスタッフも非常に献身的で、素晴らしい環境です」と話した。沖縄から京都へ試合観戦に訪れるファンへ向けては、「どこへ行っても応援していただけることは本当にありがたいです。キングスも京都も応援していただき、京都の街も一緒に楽しんでもらえたらうれしいです」とメッセージを送った。

会場では、子どもたちがトップレベルの指導者から直接アドバイスを受け、何度も笑顔を見せながらボールを追いかけた。技術だけでなく、挑戦する楽しさや仲間と協力する大切さを学ぶ貴重な時間となった。

2019年に始まった根間氏の地域貢献活動は、多くの企業や地域の協力を得ながら、一歩ずつ着実に歩みを進めてきた。そして2025年からは伊佐氏もその思いに共感し、ともに活動を展開している。活動エリアは沖縄本島各地へと広がり、今年はいよいよ初の離島開催となる石垣島でも実施予定だ。
子どもたちを応援したいという二人の思いは、多くの支援者の輪とともに広がり続けている。バスケットボールを通じた地域貢献活動は、沖縄全域へ向けて新たな一歩を踏み出している。
(写真・文:金谷 康平)

プロフィール
根間 洋一(ねま ひろかず)
1979年5月12日生まれ、沖縄県出身。北谷高校から法政大学へ進学。卒業後は横浜ギガキャッツ、福岡レッドファルコンズ、富山グラウジーズで選手としてプレーした。
現役引退後は富山グラウジーズで指導者の道を歩み始め、滋賀レイクスターズ(現・滋賀レイクス)、群馬クレインサンダース、広島ドラゴンフライズなどでアシスタントコーチやヘッドコーチを歴任。現在は滋賀レイクスの育成ダイレクターとして、ユース世代の育成やクラブ全体の育成強化を担っている。
2019年からは沖縄県内で子どもたちを対象とした地域貢献活動を開始。「バスケットボールを通して子どもたちを応援する環境づくり」をテーマに活動を続け、県内各地へ活動の輪を広げている。
伊佐 勉(いさ つとむ)
1969年11月2日生まれ、沖縄県出身。興南高校から専修大学へ進学。大学卒業後は沖縄へ戻り、社会人クラブで選手としてプレー。その頃、高校生だった根間洋一がプレーする北谷高校とも練習試合などで対戦し、両者の交流が始まった。
その後は指導者の道へ進み、興南高校バスケットボール部でアシスタントコーチを務めるなど、高校年代の育成に携わる。2007年の琉球ゴールデンキングス創設時からアシスタントコーチとしてチームを支え、クラブ黎明期を知る指導者の一人として礎を築いた。その後ヘッドコーチも歴任し、リーグ優勝など数々の実績を残した。
その後はサンロッカーズ渋谷、福井ブローウィンズでヘッドコーチを務め、2025年から京都ハンナリーズのヘッドコーチに就任。豊富な経験を生かし、トップカテゴリーで指揮を執る一方、現在も育成年代への指導や地域貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

