移籍金はキャップ算入すべきなのか? 広島ドラゴンフライズと中村拓人選手の契約解除を基にBプレミアの選手契約を考える

6月18日、琉球ゴールデンキングスは#3 伊藤達哉が広島ドラゴンフライズへの移籍を発表した。

 

琉球は6月13日に伊藤の退団(契約満了)を発表しており、18日の発表は移籍先の広島の伊藤獲得発表に合わせたリリースであった。

 

今回の伊藤の琉球から広島への移籍には、移籍先の広島の選手契約状況も影響を与えたことが、広島の岡崎 修司GMのコメントから推測された。

この度、伊藤達哉選手と来シーズンの契約に合意いたしました。伊藤選手とは昨日発表の中村選手の退団意思確認後に交渉を始め、結果的に複数年契約で合意していることもあわせてご報告いたします。(以下省略)
広島ドラゴンフライズ公式サイトより引用

 

6月17日、広島は#12 中村拓人との2025-26シーズン以降の契約を解除を発表。そのリリースの中で広島の岡崎GMは、中村は4年複数年契約の締結中であり、中村とエージェントから契約解除の意思があり、交渉の結果残りの契約に対する大きな違約金を支払うという形で他クラブへ移籍するという説明がされた。

(中略)中村選手とエージェントより、来シーズンの契約を解除し、広島ではなく別の道で挑戦をしたいという申し出がありました。現場ではさまざまなことが起こると理解しておりますが、ご存じのように契約は希望すれば解除できるものではありません。また、どのクラブも編成が終了しているこのタイミングでの契約解除は、一般的にはクラブ・選手・移籍先すべてにとって非常に難しい状況となり得ますし、クラブとしても長期スパンで想定と調整をしてきた編成の計画の中で中村選手を失うことは、追加での補強や編成が必要となり、非常に大きな損失となります。

これまで何度も話し合いを重ね、来シーズン以降も一緒に戦いたいという思いを伝えてまいりましたが、結果的には新たなチャレンジをしたいという強い意志は変わりませんでした。そのため、双方が納得して前に進める落とし所を探し、様々な角度から解決策を模索する中で、最終的には残りの契約に対する大きな違約金を支払うという形で他クラブへ移籍する結果となりました。(以下省略)
広島ドラゴンフライズ公式サイトより引用

広島は5月20日時点で中村の契約継続合意を発表しており、そのリリースの中でも岡崎GMは中村と複数年契約を締結している旨を説明していた。

 

このような経緯から、中村の契約解除その後の伊藤の加入も含めて、ファンの間ではSNSを通じて様々な感想や憶測が飛び交う状況となった。そんな状況の中、6月19日には渦中の中村本人がSNSを通じて本件に対してのコメントを発表した。

リリース発表に関しては、まだ話し合い段階だったので遅らせて欲しいと伝えたのですが、複数年の契約上クラブに権利があったので継続リリースがされました。
今シーズン途中から自分自身のキャリアに対して深く考える中で、エージェントと何度も話し合いを重ね、エージェントを通しても、自分自身でもクラブGMや社長とも真摯に意見を交わしてきました。
(中略)
それでも考えた中で最終的には、覚悟を持って自分自身の意思で最善の解決策を考えクラブとバイアウトによる契約解除金について合意に至った後、正式に新たな受け入れ先を6月ごろから探し始めました。
幾つかのクラブから声をかけていただいた中で、自分のキャリアや環境、チャレンジの方向性を考えより成長できると最も共感できたところが移籍先チームでした。
中村拓人/TakutoNakamura Xより引用

 

現在のBリーグ規約では、シーズン中の1月1日を他クラブ交渉開始可能日と定め、その日以降に他クラブの選手獲得交渉を望む場合は、在籍中クラブに通知をした上で契約交渉および契約締結が可能であると定めている。

第19条〔プロ選手がプロ選手として移籍する場合〕
プロ選手との間でプロ選手としての契約を締結しようと意図するクラブは、下記のとおりとする。
① 契約期間満了後の移籍の場合、移籍先クラブは、当該選手およびその代理人による交渉意向の有無を問わず、当該プロ選手との交渉に入る前に書面により当該プロ選手のその時点で在籍するクラブに通知しなければならない。但し、当該プロ選手が自由交渉選手リストに登録されている場合を除く。なお、移籍先クラブは、当該プロ選手がその時点のクラブとの契約が満了したか、または満了前6ケ月間に限り、該当プロ選手と契約交渉および契約締結をすることができるものとする。

② プロ選手契約の期間満了前であっても、移籍先クラブと移籍元クラブとが移籍に伴う補償について合意し、かつ、当該選手も移籍を承諾した場合は、移籍を行うことができる。この場合の補償については、クラブ間での交渉により決定される。
B.LEAGUE 2024-25 選手契約および登録に関する規程より抜粋

 

今回の一連の選手獲得の流れは、あくまで公表されていない選手とクラブ間の契約交渉の内容なので、当事者以外のリーグやメディア、そして最も大事にすべきファンにとっても全ての内容はわからない部分が多いのが現実だ。しかし、当事者同士の断片的なコメントだけでネガティブな憶測を呼ぶ現状は、リーグにとっても建設的ではないことも事実だ。

 

OUTNUMBERは、今回の件を踏まえた上で、Bリーグの島田慎二チェアマン、増田匡彦理事に以下の質問をした。

①「バイアウト」や「複数年契約の解除方法」など、公開されている規約には掲載されていない文言が使われている現状は、ファンの憶測と不安を呼ぶ可能性が高い。Bプレミアに向けて、リーグとして選手契約についてより詳細な内容を整備して、公開規約とする考えはあるか。

②複数年契約を解除する場合、サラリーキャップにはどのように算入されるのか。

 

島田チェアマンは言葉を選びつつ、まず質問①にこのように回答した。

「ファンの中で様々な声が出ている事は把握していますし、このような契約ごとや移籍は疑念を抱きやすい部分だと思います。クラブ(広島)からのリリースの通り、この件はクラブと選手とのバイアウト、複数年契約の解除であり、違約金含めて最終的に両者間の合意があった。交渉の詳細は我々にも分かりかねますし、何とも言えません。」

「ただし選手もクラブも契約概念をもっと強く持つべきだとは思います。契約書にサインをした以上、簡単に破棄できるものでは本来ない。大前提として選手が移籍するしないは、獲得を希望するクラブは所属しているクラブへ通知を出すというルールがあります。その通知が届いた時点で、所属元クラブに放出の意図が無ければ断ればいい。選手に伝わる前にクラブで止める事もできる。今回はそこがどうだったのかは分かりませんが、もしそのプロセスが無ければルール違反となる。契約に至るプロセスがルールを順守していたのか否か。もしルールを順守していない場合は、当然クラブに制裁を科す場合もありますし、厳しく対応します。」

「リーグとして規約を作るかどうかについては、これは規約の話ではありません。規約としては『獲得意思があるクラブは所属元クラブに通知を出す』というのがルールです。これを無視してはとんでもない事になってしまう。すでにルールはありますというのが回答です。」

「選手契約はその選手に応じて様々な内容が盛り込まれています。海外挑戦を念頭に置いた内容だったり、様々な交渉が可能になる内容を盛り込んでいることもあります。統一契約書以外の付帯契約書については、基本的には選手とクラブ間で行われます。クラブの判断として、そのような内容を契約に盛り込むかどうかは、その選手をどれだけ獲得したいかによっても変わってきます。互いがリスクを勘案して契約しているので、それを(リーグが)どうこうは言えませんし、それらを全て取っ払ってしまうのも選手の様々な選択肢を閉ざしてしまうので、規約のルールと契約書で明示をして運用されていけば問題ない話だと考えています。」

次に質問②についてはこのように回答した。

「例えば3年契約3億円の選手がいたとしても、単年ごとの年俸がサラリーキャップに算入されるので、複数年契約だった選手を獲得した場合、その年俸は元所属クラブのサラリーキャップには算入されず、移籍先クラブのサラリーキャップに算入されます」

増田理事からも以下の補足説明があった。

「違約金はクラブがクラブに支払うものです。サラリーキャップはあくまでクラブが選手に支払うものが算入されます。仮に違約金が5億円発生したとしても、5億円がサラリーキャップに算入されることはありません。選手個人から所属元クラブに違約金を支払って解除する場合でもサラリーキャップには算入しません。(補足質問に回答するかたちで)逆にクラブ側が選手の複数年契約を解除する場合は、その契約内容をどれだけギャランティ(保証)するかでキャップ算入するが決まります。フルギャランティであればその分をキャップ算入しますし、保証無しならキャップ算入しません。これは以前発表した通りです」

さらに島田チェアマンはこのように付け加えた。

「そもそも今回のようなバイアウトが横行することは、サラリーキャップにおいて想定していません。普通はそこまで起こりえない事なので、これがスタンダートになった場合はサラリーキャップとしてどう考えるか議論する必要はあるかと思います」

 

ここまでの回答通りであれば、資金が潤沢なクラブはサラリーキャップに算入されない資金を使い、別クラブの選手をある意味『引き抜き』する事が出来ることになる。その点を質問すると、島田チェアマンと増田理事は以下のように回答してくれた。

「そもそもそのような事態は普通出来ない。獲得意思のあるクラブが所属元クラブに獲得意思の通知を出した時点で、所属元クラブが嫌であれば断って終了する。その正当な流れを汲んでいなければ起こりえる事態です。そして違約金を支払ってまで獲得したい選手のサラリーは相当高いはずなので、限られたサラリーキャップの中で獲得するのは難しいかもしれない。たとえ違約金がキャップ算入されないからといっても、スター選手条項などを考慮してもどうなのかと思います」

「違約金は選手に支払われるものではないので、そもそもサラリーキャップの性質とは違うものです。サラリーキャップはあくまでクラブが選手に支払うお金を算入するものなので、今回の話とサラリーキャップは別物です」

「規約を破ってまで成立したディールであればそれはリーグとしてもおかしいと判断します。資金力のあるクラブがどんな選手でも獲得できてしまう印象を持たれるかもしれませんが、ルール上は契約交渉にも乗らないので、そもそもそういう話ではないわけです。ディールが両者間で適切なルールに則って成立したものであれば、我々が何か申し上げるものではありません」

 


ここからはリーグへ取材した筆者の感想と提言となる。

まず、一時の感情でSNS等で選手やクラブへ心無い言葉を投げかけるのは止めるべきだ。

当事者それぞれがそれぞれの前向きな意思を持って行った結果であり、その断片しかファンには漏れ伝わってこない。プロである以上これはある程度致し方ないことだ。当事者それぞれはプロである前にひとりの人間であり、心無い言葉に傷ついているはずだ。送信ボタンをタップする前に、もう一度だけその事実を考えてほしい。

 

その上で、今回の件は将来のBプレミアにおいて大きな問を投げかけているように感じる。

Bリーグの成長規模はすさまじく、クラブ・選手・エージェントそしてリーグが関わるビジネスとしての規模は大きくなっている。そして「世界2位のリーグを目指して」構想したBプレミア開幕が目の前まで迫っている。

しかし、私を含むファンはそこに追い付いて行っているだろうか?

今回の件で特に疑問に感じるのは、ファンが把握できる選手契約の内容があまりに少ないことだ。契約の当事者間でどんな話し合いが行われたのかまでは分からずとも、「どのルールに則って」「その契約がクラブと選手に与える影響は何か」はプロスポーツ興行として行うなら、誰でも理解出来るようにするべきだ。

「世界1位」のプロバスケットボールリーグであるNBAは、コート上の華々しいプレーで魅了するだけではなく、そのスター選手の移籍や獲得によるチームビルディングの過程までも詳細にルール設定をして、それすらエンターテインメントの一部としてファンを楽しませている。

ちなみに、今回の件で頻出した『バイアウト』という単語だが、今のBリーグでは『選手側(獲得意思のあるクラブ側)から所属元クラブへ複数年契約を解除を申し入れる』という理解が通例になっているが、NBAでいう『バイアウト』は全く逆で『所属チームが(残契約が重荷になってきた)放出したい選手と交渉して、複数年契約をチームが買い取って選手放出する』という内容だ。単語ひとつ取ってもファンそれぞれの理解がぶれるようでは、コート外をエンターテインメントにすることは難しく、ひいてはコート上のプレーも霞んでしまうかもしれない。

広島と中村拓人選手の今回の事案を一時の話題で済ますのではなく、Bプレミアに向けて選手契約をどのように考えていくのか。その議論のきっかけになってくれる事を願う。

(取材・構成:湧川太陽)

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この記事を書いた人

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