琉球ゴールデンキングスの控え日本人インサイド選手である背番号8 植松義也は、12月20日の長崎ヴェルカ戦でプロキャリア初のスターティングメンバーに名を連ねた。
この日、キングスの出場登録選手はわずか9人。アレン・ダーラム(198cm)、ジャック・クーリー(206cm)、カール・タマヨ(202cm)、渡邉飛勇(207cm)というインサイド選手4人が怪我や体調不良で欠場する緊急事態。出場可能な外国籍選手はヴィック・ロー(201cm)ただひとり。しかもローはオールラウンドに活躍出来る選手だが、いつもはアウトサイドを主戦場とするタイプだ。この試合のキングスのゴール下は190cmの植松義也に委ねられた。
植松は、指揮官からスタメンを告げられた時の心境をこう語った。
「今シーズンこの1年を通していたら、絶対にどこかでチャンスは来るんだろうな、といつも思っていました。それが今日、しかもスタメンでした」
「チームの中でもインサイドの選手がヴィック(・ロー)と自分の 2人しかいない状況にあったので、スタメンを告げられた時は『今日のこの試合に自分を賭けて、本当に全力で全部出し切ろう』と思いました」
試合は74-76でキングスが敗れたものの、残り数秒までキングスがリードする展開だった。その大きな要因になっていたのは、間違いなく植松だった。長崎は外国籍選手3人がコートに立ったが、植松は屈強な外国籍選手相手にも怯むことなく身体を張った守備でチームに貢献し続けた。この試合の長崎のゴール下でのチーム得点は24点、成功率は42.8%の低確率だった。チームリバウンドでも長崎42本に対してキングスは39本とほぼ互角。植松は何度もリバウンドに絡むことで、長崎が得意のファストブレイクを繰り出すことを阻止した。
植松は守備やリバウンドだけではなく、攻撃でも存在感を見せた。1クォーター4:54には自身今季初の3ポイントシュートを決めると、3クォーターにはドライブからフローターショット、4クォーターにはドライブからシュートファウルを奪うとフリースローを2本しっかり決めて、自身キャリアハイとなる10得点を記録した。
沖縄アリーナに詰めかけた8,016人のファンも、植松の奮闘を後押しした。植松が外国籍選手とのマッチアップで押し込まれず耐えると拍手で賞賛し、3ポイントを決めると大歓声が起こった。4クォーター 1:40に5ファウルで退場となったが、ここまでの奮闘を称えるファンの大きな拍手はなかなか鳴り止まなかった。
試合後の記者会見で桶谷ヘッドコーチは「ここまで来たら勝たせてあげたかった」と勝負を落としたことを悔やんだ。
「植松は(今季)試合には出ていなかったですけど、こうやって長い時間使った時でもしっかり仕事をしてくれた事は、勝ち負け以上に本当にチームにとって価値がある活躍をしてくれた」
桶谷ヘッドコーチは、インサイド選手の多くが不在のチーム状況でもキングスが接戦に持ち込めた要因にも、植松の名前を挙げた。「植松とヴィック・ローが本当にインサイドで身体を張ってくれた。特に植松が(長崎の)マット・ボンズ選手にしっかりと身体を張って簡単に得点を取られなかったり、リバウンドで相手に制空権を取られ続けなかったのが良かった」
「(オフェンス面で)植松は自分で何か出来る訳でもないし、ベストなスクリナーになれる訳ではないんですが、とはいえボールを繋いで次に動かす部分という彼の得意な部分が出たし、(植松が)ワイドオープンのシュートを決めてきたのは、彼はどんなことがあってもシュートを打っているから。朝(練習に)来ても打っているし、練習が終わってからも打っている。本当にその努力が実ったゲームだったと思います」
率直に言えば、植松はベンチに入るのも難しい『13番目』の選手だ。最大12人の出場選手登録を外れる事も多く、この日の試合のようなチーム事情が苦しい場面でしか出番が回ってこない。だが植松の実直な人柄や、試合前のウォーミングアップで豪快なダンクをする身体能力など、SNSではキングスのファンが「植松をもっと使ってみてもいいのでは?」と疑問を投げかける事も多い。
植松の出場機会がもっと増えるかとの質問に、指揮官は植松の努力やこの日の貢献を高く評価しつつ、プロの世界の厳しさを語った。
「本当にこればっかりは『誰かが出たら誰かが出れなくなる』という世界。ただ今日の試合で植松は『自分を出した方がいいんじゃないか?』という証明はしたと思う。プロの世界なのでそういう事は起こりえるんじゃないかなとも思いますし、チームにとってその方がプラスになると僕が判断するんであれば、セカンドユニットのところをいじる可能性は出てきたかな、とも思います」
この試合を境に、植松の役割が大きく変化する事は少し考えづらい。だが彼はしっかりと爪痕を残した。桶谷ヘッドコーチは、植松と同じく岩手時代に練習生から這い上がり、今ではキングスの大事な戦力と成長した#34 小野寺祥太の名前を出してこう評価した。
「植松が(3クォーターに)フローターショットを決めたが、あのような場面を毎試合作れるかと言えばそうではない。復元性があるのは、外で待っていてオープンになったら3ポイントシュート。そんなチームとして復元性があって作れるシュートを、彼がいかに決めてこれるかが必要になってくる。小野寺はまさしくそれで、ディフェンスをやってああいうシュートを決めてくれるから信頼を得ている。(植松は)第二の小野寺には近づいてきているんじゃないかと思います」
指揮官が記者会見室を離れて10数分後、植松は少し慣れない様子で記者会見室に入ってきて、自身のプレーへの手ごたえと勝負に負けた悔しさを口にした。
「このチーム状況で出番が来て、シーズン始まってからずっと準備してきたものが少しはコートで出せたかなとは思います。でも最後、勝負の世界で勝ちに繋げられるようなプレーが出来なかったのが本当に悔しい。また次にチャンスが来るなら、次は本当にチームの勝利に貢献出来るように、また明日から準備をして頑張りたいと思います」
この試合の植松の最終スタッツは10得点、8リバウンド、1スティール、1ブロック。だが最も価値が高いスタッツは出場時間だった。植松はチーム日本人トップの34分30秒コートに立ち続けて、ゴール下で身体を張ったプレーを見せた。
「自分がプロキャリアでこれだけ長いプレータイムを貰えるのは初めてで(それまでの最長は20-21 B2福岡時代の21分1秒)、大学でもこんなに試合に出る事は無かったので、ファウルの部分だったりまだまだ試合経験が出来ていない。最後までコートに立ってチームに貢献出来なかったのは本当に悔しいです」
4クォーターに植松がフリースローの1本目を決めた直後、沖縄アリーナの上の客席から「もう1本!」という子ども達の声援が聞こえた。あれは植松の教え子達の声だったかもしれない。植松は昨季キングスの練習生として加入して、チームの練習日以外をキングスのキッズアカデミーの『よしコーチ』として子ども達に笑顔でバスケットボールの楽しさを伝えてきた。
フリースロー中に子ども達の声援は聞こえたか質問すると「正直自分の中ではゴールを見て本当にいっぱいいっぱいな部分はあったんですけど(笑)、試合の最後に手を振ってコートを回った時に、子ども達や色々な人が声をかけてくれました。いつも試合に出れなくても、子ども達が声をかけてくれたり、8番を掲げてくれたりしたのは本当に力になっていました。試合中はちょっと聞こえなかったんですけど(笑)、本当に頑張って結果を残せて良かったなと思いました」
笑顔の優しい『よしコーチ』が、いつもいつも準備を続けて、自らの努力で掴んだチャンスでしっかりと輝いてみせた。フリースローのその向こうからその姿を見ていた子ども達は、笑顔の裏で積み重ねてきた努力を、しっかりと感じたはずだ。